西村幸(内視鏡)の経歴やwikiプロフ!年収や勤務先の会社が気になる!

内視鏡検査画像

今の医療に欠かせない「内視鏡」という言葉、医療関係者じゃなくても一度は聞いたことがあるのではないでしょうか?

がん治療に役立つ世界最小の内視鏡のハサミを開発したのが、工場で会長を務めている西村幸さんです。

今回はそんな西村幸さんの経歴やwikiプロフィール、年収や勤務している会社などを調査したいと思います!

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西村幸(内視鏡)のwikiプロフィール

  • 名前:西村幸(にしむら みゆき)
  • 年齢:69歳(2019年9月現在)
  • 生年月日:1950年1月6日
  • 出身地:長野県岡谷市
  • 現在の職業:レイクR&D株式会社会長、リバー・ゼメックス株式会社会長、株式会社LAKE・E2社長

 

長野県岡谷市出身の西村幸さん。

岡谷市と言えば、諏訪湖に隣接する工業が盛んな工業都市で有名です。

西村幸さんは生まれた時から工業に関りがあったのですね。

そして、現在なんと複数の会社で役員の立場についている方だったのです。

世界最小のハサミを開発しただけでなく、経営のノウハウも備わっているのは、すごいですよね。

西村幸(内視鏡)の出身高校や大学はどこ?

医療に役立つ器具を開発した西村幸さん、出身高校や大学はどこなのでしょうか?

高校については、残念ながら情報は出てきませんでした・・。

ですが、ずっと地元に関わった経歴をお持ちの方なので、長野県内の高校である可能性が高いと思われます。

ちなみに地元である長野県岡谷市にある高校は、岡谷工業高校、岡谷東高校、岡谷南高校の3校でした。

この中のどこかに通っていたかもしれませんね。

調べたところ、大学は駒澤大学商経学部経済学科倫理学専攻を卒業していることがわかりました!

商経学部は現在、経済学部に名称が変わったみたいです。

駒沢大学に進学したということなので、高校も偏差値がそれなりにあるところだったのではないかなと推測されます!

駒沢大学の経済学科は、「ヒト・モノ・カネの流れをダイナミックに捉える。経済を学ぶことは、人間の営みを知ること。」というコンセプトがあります。

大学で会社の動かし方をしっかりと学んだことが今の会長・社長職に役立っているのかもしれませんね。

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西村幸(内視鏡)の経歴

西村幸さんの経歴を見ていきましょう。

1950年に長野県岡谷市で生まれた西村幸さん、1971年に駒沢大学経済学部経済学科を卒業します。

そして、すぐに工場に勤務・・ではありません。

なんと、大学卒業後に入ったのは東京法務局。

国家公務員ですね。

もしかして、このままいけばキャリア官僚になれたんじゃないでしょうか?

ですが28歳のとき、地元の岡谷市に戻ることになります。

ご本人曰く、「役所の雰囲気が合わなくて」他人にはできないものづくりの仕事で認められたいという思いから、奥様と地元に戻って自宅でカメラのレンズ部品を組み立て始めます。

その後、諏訪市で内視鏡の医療器具を作っていた工場で働き始め、およそ10年かけて400種類近い内視鏡用医療器具を作る技術を身につけます。

1981年に、リバー精工の前身である西村製作所を設立します。

その後、子会社をいくつか設立させますが、2013年にそれらを株式会社リバーセイコーとして一つに統合させ、株式会社カネカと合併させます。

現在は株式会社LAKE・E2で社長を、レイクR&D株式会社とリバー・ゼメックス株式会社で会長を務める傍ら、テレビ取材や大学の講演など幅広く活躍されています。

ですが、2007年に自らもがんを宣告されてしまいます。

直腸がん、大腸がん、胃がん、胆のうがん、肝臓がんと、いわば全身をがんに侵されている状態でした。

2回に渡る手術、抗がん剤治療に耐えながら開発を続けました。

さらに、2012年には心筋梗塞で倒れてしまいます。

自らの病と闘う生活をしながらも新製品を開発する熱意は衰えませんでした。

むしろ、自らのがんを糧にして、「こうしたら患者さんの負担が少ないんじゃないか」「こうしたら患者さんは手術が怖くないんじゃないか」という考えも製作に役立てます。

医療は素人で、ものづくりはプロであるからこそ、既存の医療器具に捉われることなく新製品の開発ができた、と西村幸さんは語っています。

西村幸(内視鏡)の勤務先の会社はどこ?

現在二つの会社で会長、一つの会社で社長を務めていらっしゃる西村幸さん。

実際に勤務しているのはどこなのでしょうか?

どうやら会長職についている株式会社リバーセイコーで、社員の頃と変わらずに工場務めしているようです。

株式会社リバーセイコーの住所は以下になります。

<湖畔工場>長野県岡谷市湖畔2丁目6-16
<伊那工場>長野県伊那市西箕輪7108-1

この二つの工場で、役員の職につきながらも自ら製品を作り出しているようです。

西村幸さん、「仕事に境界線はないし、肩書も関係ない」とおっしゃっています。

新製品のアイデアも、開発担当者だけではなく、管理部門や製造現場までの全員が出し合うそうです。

社長と社員の間に壁を作らず、風通しの良い職場みたいですね!

西村幸(内視鏡)の年収はどれぐらい?

医療機器製造会社の会長、社長の職に就いている西村幸さん、年収はどれぐらいなのでしょうか?

リバーセイコーの売上高は2011年の段階で12億円となっています。

2019年現在ではもっと売上が高くなっていると思われます。

西村幸さんは会長ですので、給与の他に役員報酬という収入もあると思われます。

憶測になりますが、5千万くらい年収があってもおかしくないと思います。

それに加えてテレビに出演したり、大学の講演などでも収入はあるでしょうから、実際はもっとあると考えても良さそうですね。

最新の器具が欲しいという病院はこれからもっと増えるでしょうから、年商ももっと上がっていくでしょうね!

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西村幸(内視鏡)に結婚した嫁(妻)や子供はいる?

2019年9月現在、69歳の西村幸さん、奥様がいらっしゃることは先に述べた経歴でわかっています。

28歳のときに奥様と二人で地元の長野県岡谷市に戻ったということですので、ご結婚はもっと前ということになります。

お若い時から夫婦二人三脚で歩んでこられたのですね。

2013年11月26日に放送された「ガイアの夜明け」の出演者欄に、西村幸さん、西村清子さん、と書いてあります。

そして番組の内容欄に、「リバー精工で会長を務める西村幸さんはガンを発症していて、妻である清子さんは自宅で夫の看病に専念している。」とありました!

なので、奥様の名前は西村清子さんですね。

お子さんの情報は残念ながら得られませんでした・・。

もしいるのだとしたら、お父さんがこんなにすごい技術者なので、近い職業についていそうですよね!

まとめ

今回は、内視鏡用医療器具の開発を行っている西村幸さんについて調査してきました。

まとめるとこんな感じです!

  • 長野県岡谷市出身の69歳(2019年9月現在)
  • 高校は不明、大学は駒沢大学経済学部経済学科倫理学専攻を卒業
  • 以前は法務局に勤めていた、元国家公務員。
  • 会長でありながらも、長野県岡谷市にある株式会社リバーセイコーで技術者として未だ勤務している
  • 年収は5千万円は下らないのでは?
  • 結婚していて奥様の名前は清子さん、お子さんについては不明

 

2019年9月10日(火)22:30~放送されるNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」に出演される西村幸さん。

これからも無理をせず、開発のお仕事に精を出してほしいですね!

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