米田肇の経歴や年収!インスタや修行先はどこ?お店の場所や予約方法!

ビーフシチューの画像

米田肇さんといえば、オープンから1年5ヶ月という史上最短でミシュラン三つ星を獲得しました。

フランス料理という肩書きを取り払い、塩1粒、温度0.1度、厚さ0.1㎜にまでこだわった一皿を作り、予約が取れない名店として有名です。

そんな米田肇さんの経歴や年収、修行先について調べてみました。

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米田肇のwikiプロフィール

  • 氏名:米田 肇(よねだ はじめ)
  • 生年月日:1972年10月3日
  • 出身地:大阪府枚方市
  • 血液型:A型

 

米田肇さんは結婚されていて、息子さんがいらっしゃいます。

奥さんは陽子さんといいます。

シェフが旦那さんなら、料理も完璧だし羨ましい!…と思いきや、自宅でパパッと作る料理は不得手なんだそうです。

著名な料理家なのに意外ですよねw

しかし調べたところ「HAJIME」でも分量は細かく計量して行い、目分量は一切しないんだそうです。

レシピを構築しないで作る料理は苦手なのかもしれませんね。

米田肇の出身高校や大学はどこ?

米田肇さんは東海大学付属仰星(ぎょうせい)高等学校を卒業しています。

ラグビー・サッカー・陸上の強豪校で、卒業生にはラグビー選手やサッカー選手が多いです。

偏差値は2019年現在で普通科総合進学コースが57、普通科英数特進コースが63となっています。

米田肇さんがどちらの学科だったかは分かりませんでしたが、インタビューで「高校時代は数学にのめり込んでいた」と話されていたため、英数特進コースの可能性が高いと思われます。

数学にハマり、高校の先生から数学科に有名な教授がいると、九州の大学への進学を勧められたほどだったそうです。

しかし九州は遠かったため、進学はあっさり諦めました。

もし九州の大学へ進学していたら、現在は料理人ではなく数学者だったかもしれないんですね。

最初は料理の専門学校への進学を希望していましたが、両親に反対され、近畿大学理工学部電子工学科へ進学します。

高校時代好きだった数学を活かせる大学へ進んだんですね。

理工学部の偏差値は47.5〜57.5です。

幼稚園の頃から剣道をやっていましたが、大学に入ってからは空手を始めます。

米田肇さんは目が悪く、普段はメガネをかけていますが空手の際にはメガネを外して練習に望んでいました。

そのため「見る」のではなく「空気の流れを読んで」避けていたんだそうです。

まるで漫画の主人公のような技ですw

大学から初めてそこまで上達するのもさすがですね。

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米田肇の経歴

1996年 NOK株式会社に就職し、エンジニアとしてコンピュータ設計に携わる仕事に就きます。

ある電子部品製品の国内シェアを当時90%くらい持っている優良企業だったんだそうです。

すぐに仕事に違和感を感じ、料理の専門学校へ通うための費用を貯め、退職。

両親への説得は、かなり大変だったんだそうです。

確かに、親なら手堅い仕事に就いてもらった方が安心できますよね。

辻調グループ校、大阪あべの辻調理エコールキュリネールフランス料理専門カレッジへ入学します。

1998年 同校を卒業。大阪、神戸、フランスで修行を積みます。

2008年 「Hajime RESTAURANT GASTRONOMIQUE OSAKA JAPON」を開店、オーナーシェフとなります。

2009年 ミシュラン史上最短で三つ星を獲得し、その後3年間三つ星を獲得し続けました。

2012年に二つ星に降格されますが、5年後再び三つ星に返り咲きます。

まるで絵画のような一皿ですよね。

史上最短で三つ星獲得ということもあり、順風満帆に見えましたが、修行先や三つ星獲得後もかなり苦労してきたようですね。

米田肇の修行先はどこ?

専門学校を卒業後、大阪にある一流店で働き始めます。

しかし、皿に指紋が一つ付いているだけで皿を割られ、一から磨き直し厳しい環境。しかも帰宅時間が出勤時間の3時間前に加え、人手不足もあり、ノイローゼになりかけて退職します。

料理の世界は過酷とよく耳にしますが、想像以上ですね。

次に神戸にある小さなレストランに就職します。

環境は過酷でしたが、スーシェフを務めるまでになりますが2年半で退職。

米田肇さんは「シェフが動きはじめたら即座に必要な材料、フライパンとお皿を用意して待てるようになれば、その店での修業は終わりかな、と思います」と語っています。

つまり、シェフの立場になって考え、動けるようになったということですよね。厳しい環境の中でも2年半でそこまで成長出来たなんて、凄いですね。

退職後フランスへ留学し、ロワール地方のミシュラン星獲得店である「ベルナール・ロバン」と、「オ・ランデヴー・デ・ペッシュー」で3年半近く経験を積みます。

研修生が部門シェフになることはほとんどない中、渡仏して1~2か月でベルナール・ロバンの魚部門シェフを任さたんだそうです。

国境を超えても、料理の腕やセンスは共通なんでしょうね。言葉の壁もあったでしょうに、米田肇さんの凄さが分かるエピソードですね。

米田肇の年収はどれぐらい?

年収に関しての情報は得られませんでした。

40代のオーナーシェフの平均年収は約1200万円とされています。

米田肇さんが経営する「HAJIME」はミシュランで三つ星を獲得し、予約が取れないレストランとしても有名ですから、年収はかなり上なのでのではないでしょうか⁈

しかし、一時期営業が危ぶまれた時期もあったんだそうです。

2012年に店の看板から「フランス料理」を外し、コース料理の価格も1万円から3万円に上げ、夜営業だけにしたところ売り上げが激減。

食器や家具も新調していたため、その年は2000万円ほどの赤字だったんだそうです。

2000万円の赤字なれば死活問題、経営者として苦行に立たされたでしょうが、何とか乗り越えています。

7年も前のことですし、今は安定した営業をされているでしょうから…やはり平均年収よりは上なのではないでしょうか。

私の勝手な推測として、米田肇さんの年収は数千万円とみました。

世界で最も稼ぐシェフの年収は約60億円だそうですから、これから店舗が増えていくと年収億越えもあるのではないでしょうか。

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米田肇はインスタやフェイスブックをやっている?

米田肇さんはインスタをやっています。

プライベートや、息子さんの写真などもアップしています。

可愛い息子さんですね。

米田肇さん、父親の表情ですねw

フェイスブックも開設しています。

https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=1200589420125400&id=100005230604956

友達申請には、何をしてどんな仕事をしているかなどの自己紹介文が必要なようです。

しかし、友達になっていなくても、投稿は閲覧可能です。料理に関する熱い持論や、思いを投稿しています。

米田肇のお店の場所はどこ?

「HAJIME」は大阪府大阪市西区江戸堀1-9-11 アイプラス江戸堀1Fにあります。

交通手段は、四つ橋線「肥後橋駅」7番出口から徒歩3分、御堂筋線「淀屋橋駅」徒歩8分です。

大阪駅、梅田駅からは車で約13分です。

米田肇のお店の予約方法

予約が取れないことで有名ですが、調べてみたところオンライン予約が主流のようです。

電話番号も掲載されていたので、問い合わせや予約は電話でも可能です。

電話番号は06–6447–6688です。

「HAJIME」は不定休となっていますが、サイトに休業日が掲載されていました。

土日がお休みの日も多いですから、確認してから予約を入れた方がいいですね。

予約をすると、来店予定日一週間前にお店から連絡があるそうです。

嬉しい気遣いですね。

ただ、その日の内に連絡が取れないとキャンセル扱いになってしまうそうなので、注意が必要です。

米田肇の本

米田肇さんに関する本は2冊出版されています。

どちらもノンフィクション作家である石川拓治さんによって執筆されています。

  • 「三ツ星レストランのつくり方」(小学館)
  • 「天才シェフの絶対温度『HAJIME』米田肇の物語」(幻冬社)

「三ツ星レストランのつくり方」の出版の前に、二ツ星に降格されるという不運なタイミングでしたが、Amazonに投稿されたレビューをチェックしてみましたが、かなり高く評価されていました。

なかなかの波乱に満ちた人生を歩んできているので、物語としても面白く読めそうですね。

まとめ

  • 高校の頃から数学に没頭する理系脳。
  • インスタでプライベートを投稿している。
  • 予約はかなり取りづらいとされている。オンラインで予約可能。

 

三つ星を獲得し、料理界にその名を轟かせた米田肇さんですが、そこに至るまでには様々な苦労がありました。

星を獲得すると、1日に予約の電話が400件入り業務に差し支えるなど、決して良いことばかりだったわけではないといいます。

店の改革を行い、試行錯誤を繰り返し現在の「HAJIME」として形になりましたが、まだまだ変革が期待できそうです。

これからの米田肇さんの活躍が楽しみですね。

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